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三井化学・IHI・アサヒクオリティーアンドイノベーションズ/変化を創る企業研究所のリーダーが語る、これからの研究者像

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これまで企業を支えてきた大きな「森」から、少し離れたところに種を植え、新しい木を育てて、結果的に森を拡張する。そんな研究を加速するために、研究所の中に変化を生もうと、様々な取り組みを始めている研究所のリーダーたちがいる。様々な施策を組織に打ち込みながら、彼らが起したいのは、所属する研究者の行動や考え方の変化だ。企業それぞれの文化の中で、研究者としての力を十二分に発揮していくために、改めて「研究者とは何か」を問い、社内に発信し始めている。本特集では、研究所のリーダーが仕掛ける変革と、社内に浸透させたい「研究者に必要な力」について取り上げる。 ※本記事は2019年9月発行「人材応援」vol.10に掲載されたものです。

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スピーカー

小畑敦生 氏

三井化学株式会社 研究開発本部合成化学品研究所長(研究開発企画管理)
1991 年九州大学大学院工学研究科応用化学博士課程修了後、三井化学(旧三井石油化学)に入社。主に機能樹脂やファインケミカル/ 基礎化学品を中心に生産技術を担当。2006 年より機能性ポリマー事業部を経験し、その後生産技術研究所のGL、所長を経て2019 年4 月よりR&D 戦略室長と合成化学品研究所 所長として、研究所統括等を担当。

張惟敦 氏

株式会社IHI 技術開発本部副本部長 兼技術企画部長 兼 グローバル・営業統括本部 本部長補佐
1987 年大阪大学工学部機械工学科修士課程修了。同年、石川島播磨重工業( 株)(現・( 株)IHI)に入社。技術本部技術研究所に配属。1996 年博士(工学)。技術企画部門や事業企画部門を経て、2006 年より総合開発センターに異動し、副センター長まで経験。2013 年より技術開発本部本部長補佐としてグローバルR&D 活動の統括業務を担当後、2015 年より基盤技術研究所所長。2016 年より技術開発本部副本部長(兼)基盤技術研究所長。2019 年より現職。

進藤洋一郎 氏

アサヒクオリティーアンドイノベーションズ株式会社 研究開発戦略部長 新規事業開発ラボ副所長
1997 年東大院卒(農学生命科学)、アサヒビールへ入社し主に基礎的研究に従事。現・農研機構への2度の出向(共同研究)と伊藤忠商事への出向(ベンチャー投資)を経て、2014 年アサヒグループホールディングス経営企画部門、2018 年同・研究開発部門新規事業ラボにて新規事業創出と研究開発戦略策定を担当。2019 年4 月より現職。2010 年に味覚の分子生物学的メカニズムに関する研究で博士号(農学)を取得。

(1)生産性と創造性、両方の人材で新事業創出を目指す/三井化学

三井化学株式会社・小畑敦生氏

研究開発本部合成化学品研究所長の小畑敦生氏は、研究開発職で入社したのち、生産技術、事業部、研究所のマネジメント、研究企画等多様な部門を経験し、2019 年に合成化学品研究所の所長に就任した。「終身雇用という日本企業の文化の中で、日本企業らしい研究所の改革とは何か」という問いと向き合い、研究所に新しい風を送り込む動きを続けてきた小畑氏に、これまでの取り組みと人材の視点から見た研究所の形について伺った。

変革を起こす人材が足りない!

「研究者には2 種類いると考えています。ひとつは生産性を向上することが得意な人、もう一方は創造性を発揮することが得意な人です」

前者は、例えばペットボトルの材料開発において、コストダウンやお客様のニーズに叶う新しいペットボトル素材の開発といった研究に貢献する人だ。一方後者は、液体を携帯するよりよいパッケージとは何か、を考え、時に既存の価値や製品を否定し、破壊するような研究ができる人だ。

変化の激しい時代、現在、主力となっている製品も近い将来必ず陳腐化する。その時、必要な新事業の創出には、創造性発揮型の研究人材の活躍は不可欠だ。

「弊社は100年の歴史を持つ企業であり、圧倒的に前者の研究者のほうが多いのが現状です。創造性発揮型の研究者をいかにして増やすのかを考え、取り組みを始めています」

創造性を発揮する研究者の育成を目指して

その取り組みの1つが「素材の魅力ラボ」だ。これまでの主力製品に対する固定概念を打破して、新しい素材の使い方や展開を研究者自らが考えるという活動だ。研究者の有志を募り、デザイ ナーをアドバイザーとして迎えて実施した。

例えば、同社は広く世の中で使われている、紫外線の強さでレンズの色が変わる、画期的なメガネレンズ素材を持つ。従来の生産性向上型の研究であれば、メガネレンズのさらなる進化を考えるところだが、蛍光色素を入れた樹脂素材でつくった「光るオセロ」や「色の変わるボタン」など素材の新しい価値を提案する経験を研究者に持ってもらうことが狙いだ。

さらに、その活動を経て「新規事業創出プロジェクト」を研究所内に立ち上げた。会社の中で研究者自身が外に出て顧客の課題を発掘し、新たな研究テーマを提案するという活動だ。提案されたテーマは審議され研究開発テーマとして採択されれば、提案者自身が研究推進のリーダーになれる。

未来の在り方から新規事業を想起するバックキャスティング的発想から始まり、後半は事業コンセプトの最適な着手方法を精査するという、本格的な事業化への挑戦が可能だ。

生産性と創造性のバランスで新しいことを起こす

新規事業創出プロジェクトは、2 年目の若手社員から、30 年以上のベテランまで多くの研究員が挑戦している。

部門のテーマとは一線を置いた方向性のテーマで提案がなされるため、1 人の提案者の動きから、その上長や周囲の研究員、事業部、関連会社まで、様々な「横串」の繋がりが必要だ。成果が出るには時間が必要だが、一連のプロセスには人材育成の意味もあると小畑氏は考えている。

「冒頭では創造性発揮型の不足を課題としてあげましたが、生産性と創造性、どちらも企業研究所には欠かせない人材であり、両者が活躍できる研究所が必要だと考えています」

新規事業創出プロジェクトも最終的には持続的に生産性を向上させていく動きが必要になる。現状の企業の課題から、創造性型人材の育成に注目が集まりがちだが、それぞれの個性を活かし、研究所の中に「人材の多様性」をつくる施策をいかに仕掛けられるかが真に必要なことだと小畑氏は考えている。

(2)『立型人材』をつくる新しい技術開発の形/IHI

株式会社IHI 張惟敦氏

張惟敦氏は、入社後、16 年間、樹脂系複合材料を重工業分野の製品に活用するための研究開発に携わり、技術企画の経験をしたのち、基盤技術研究所の所長に就任。0から1 を生み出す研究所としての役割を加速するため、研究所員自ら新規テーマを発掘できる環境づくりに力を入れてきた。そして、当社は2019 年4 月に研究所制を廃止。組織全体の方針としても、技術開発に携わる人材に求められる価値が変化する中、どんな人材の育成が必要か、張氏の考えを伺った。

IHI 社の新しい挑戦

同社は2019年に大きな組織改変を行い、4月より、技術開発本部の英語表記は「Corporate R&D」から「Technology& Intelligence Integration」に変更された。そこには「技術に真摯に向き合 うのは基本だが、研究を極めるという単純な研究開発はやめる」というメッセージが込められている。

これらを体現する場として、横浜にある技術開発本部に’Thinking together, creating together’ をスローガンにした「つなぐラボ」、2018 年にはシリコンバレーに’Stop thinking, start doing’ を掲げた「IHI Launchpad」が開設された。テクノロジーに加え、デザイン・サイエンス・アート思考を融合し、新たなアイデアを生み出すというトライアルを始めている。

部長の役割は変化を起し続けること

「自社のリソースだけで研究と開発を単純に行う時代はすでに終焉し、現在は競合会社とも共同して新たな価値を生み出す時代であると考えています。インテリジェンスを技術と融合させて商品に埋め込む、という考えの変化を次世代へのメッセージとして込めています」と張氏は話す。

大きな舵を切った考え方の変化を現場に浸透させていくにあたり、技術開発本部の部長の役割とは何か。新たな役割を得て、張氏はこの問いと向き合った。16年間の開発者人生の中で大事にしてきたことはいくつかあるが、その1つが「変化することを恐れない」ということだと張氏は話す。

「基本的に人は変化しないほうが安定で居心地がいいですから、常に変化し続けるくらいの気持ちが必要です。今の会社に必要なリーダーは、変化を起し続ける人だと思い至りました」

多様な人材を起用し、新しい挑戦を打ち立て、同じ状況が続いたり、一定の状態にチームを置かないということがこれからの勝負だ。

これからの技術開発に必要な立型人材

これからのIHI で技術開発を担うチームに求められるのは、どのような力なのか。「T 型、π型人材とよく言われますが、私はどっしりとした立型人材になってほしいと考えています」と張氏は話す。

立型人材とは、「立」という字の通り、ベースの基礎科学力と、その上にあるエンジニアリング力が自身の深い専門性の柱で支えられている状態を表す。その専門性の柱は1 本より2 本あったほうがどっしりしていて強い。さらに、その屋台骨の上に、ちょっと変わったことをすぐトライアルする先見性や創造性の心を持っていることが重要だ。

「単純な研究開発をやめる、という真意は、専門性を求めないということではなく、磨き上げた力の上にさらに異なるものと繋がる遊び心を持とう、ということなのです」

その言葉の通り、技術開発本部が新たな挑戦として掲げているのは「お客さまの心がときめき続ける技術を開発する」こと。そして、兼務している技術企画部の方針は、「夢みる力でみんなのエネルギーを高め、グローバルに大きな絵(戦略)を描こう」だ。

「立の字の一番上の点をいかに消さずに、研究開発が続けられるか、それがこれからの企業研究所に必要な視点なのではと思います」

(3)『両手人材』が育つチャンスを生み続ける/アサヒクオリティーアンドイノベーションズ

アサヒクオリティーアンドイノベーションズ株式会社・進藤洋一郎氏

研究開発戦略部長/新規事業開発ラボ副所長の進藤洋一郎氏は、企業研究者でありながら、外部の研究所や商社などに出向し、キャリアの半分は社外で過ごしてきた。多様な企業の研究者との仕事を通じてそれぞれの文化の違いに触れ、ベンチャー企業への投資など畑違いの経験をするなど、様々な視点を得て、企業研究所の在り方を改めて問い始めた。そして2019 年、自らの手で研究所を変革する取り組みを開始した。そんな経歴を持つ進藤氏が考える、これからの企業研究者像を伺う。

研究者だけの組織という挑戦

同社は研究所だけを本体から切り離して独立した、研究を主体とする組織体だ。総務要員を除く社員のほぼ全員が企業研究者という、新しい環境の中で、組織運営を行うという挑戦を始めた。旧組織では既存事業会社の成長を支援するための研究テーマを優先してきたが、しかし、グループの未来を見据え、これまでの既成概念を打ち砕くような「未来の事業会社のための研究開発」も必要だ。そこで、大胆にも研究所機能を切り出したのだ。

進藤氏が目指すのは「研究者が研究者らしく活躍できる組織」だ。いわゆる研究者というのは狭義の意味では「研究活動に従事している人」だが、ここでは広義の意味も含まれる。未来に問いを見つけ、ロジカル/ ラテラルに仮説検証して新しい知を生み出し続けるということ。研究企画や広報戦略なども含め、研究者としての力を発揮しながら様々な場所で活躍する人材を育て、これからの企業研究者が育まれていく場所にしたいと考えている。

両手を使って成長する人材

そのような研究所の中で、いま、進藤氏が必要だと考えているのは「両手を使って成長すること」だという。

「研究者というものは、ある日突然商社で働くといった大きな振れ幅に直面しても案外と順応できてしまうこと。その結果として想定外の能力や視点が身につき独自の強みを獲得できること。これらのことを自らの経験を通じて確信しました。研究者なら誰しもそのくらいの可塑性を持っていると思います」

自分自身に対するステレオタイプが良い意味で裏切られる経験を通じて、結果として思いがけない能力が開花し、非連続な成長を起こすことができるというのが進藤氏の人材育成観だ。

計画的に経験を積み、獲得する力と、前述のような成り行きで獲得する力、両方あったほうがキャリアを通じて活躍できるチャンスは増える。考え方の面でもそうだ。費用として研究開発を行うという視点だけでなく、投資として研究開発を行うという視点。異なる2 つの考え方を共存させることで、多様なアイデアを生み出すチャンスは増える。そんな人材育成をどのようにしていくかがこれからのテーマだ。

まずはトップが挑戦を始める

新組織になって半年。進藤氏が今取り組んでいるのは「スタートアップとの連携を当たり前の風景にすること」だ。

従来の大量生産・大量消費を前提としないビジネスモデルを可能とするようなテクノロジーや、酒類や飲料の新たな価値を引き出してこれからの消費シーンを喚起・牽引するテクノロジー、製造拠点から大量に排出される廃棄物を二次的・三次的に利用可能とするテクノロジーなど、新組織で取り組むテーマを少しずつ社内に向けて浸透させている。

これからの研究は全てを自社内で完結して達成できるものではない。それこそ、トップが率先し、「両手を使う」感覚でスタートアップと連携しながら新しいことを起していく風景を研究員たちに見せること。それが全ての始まりだと進藤氏は考えている。

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