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      筑波大学・白木賢太郎氏「生物学の新たな視座“相分離生物学”」

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      「相分離」というありふれた現象が、いま生物学にパラダイムシフトを起こしている。分子と生命現象とをつなぐ古くて新しいこの見方について、筑波大学の白木賢太郎氏に話を聞いた。2019年8月に『相分離生物学』(東京化学同人)を著し、大学の集中講義や、学会のシンポジウム、市民講座など、昨年だけで40回以上も講演をしてきた時の人だ。 ※本記事は2020年3月発行「研究応援」vol.17に掲載されたものです。

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      スピーカー

      白木賢太郎 氏

      筑波大学数理物質系 教授

      代謝マップへの疑問

      これまでの生物学は、それぞれの生体分子にフォーカスし、機能や構造について研究されてきた。しかし、細胞内のような多くの分子が含まれた環境で、本当はどのように働いているのだろうか?

      例えば解糖系では、グルコースは9種類の中間体を経てピルビン酸まで分解され、この過程でエネルギーを取り出されるのだと教科書には書かれている。このような代謝反応が何百種類も何千種類も起こって細胞が生きている。

      「試験管内に何十種類かの酵素を入れてスタートとなる物質を入れても、連続反応が進むことはありません。細胞内ではなぜこのような連続反応が混線せず、速やかに進むのだろうかという疑問を抱いていました」と、白木氏は学生時代を振り返る。

      細胞内に存在する場の正体

      ひとつずつの酵素を考えている限り、このような連続反応が起こる仕組みは理解しにくい。しかし、必要となる酵素が何らかの仕組みで集合すると考えれば理解できるだろう。反応場ができるというイメージだ。この場の正体はドロプレットと呼ばれる。それぞれのドロプレットはタンパク質やRNA などが集まって特定の機能を担っていることから、「膜のないオルガネラ」と呼ばれることもある。

      ドロプレットは界面に生体膜のような物理的な隔たりがないので水分子や物質が自由に出入りできる。このようなドロプレットによる場の生成と消失がダイナミックに起こっている。これが細胞内の本来の姿だったのだ。

      相分離生物学のはじまり

      細胞内では個々のタンパク質が働いているとみなすのではなく、ドロプレットを形成して働くとみなす。

      この見方の転換はごくわずかなようだが、代謝がなぜ混線せず進むのかという疑問への説明のほか、シグナル伝達がなぜ特定の分子に集約して働くように見えるのか、危険なプリオンが種を超えてなぜ保存されてきたのか、翻訳後修飾とは本当は何なのか、そもそもなぜ細胞内にはこれだけ高濃度のタンパク質が存在するのかなど、生命現象の本質的な疑問にも答えることが可能になる。

      白木氏はこの分野を“相分離生物学(Phasing Biology)”と名付けた。相分離という意味のほか、“分子生物学(Molecular Biology)”と“細胞生物学(Cell Biology)”の間にあるという意味も含まれているという。

      相分離生物学の誕生のきっかけになったのは、テキサス大学サウスウェスタン・メディカル・センターのMasato KatoやSteven McKnightらによる2012年の米科学雑誌Cellへの論文である。

      彼らの研究チームは、さまざまなRNA結合タンパク質を精製するとゲル状になることを報告した。分散した状態ではなくむしろこのような集合状態こそが、タンパク質の本質なのである。この当たり前の発見の重要性に気づいた研究者が2015年ごろから急速に増えていった。

      現在では、転写や翻訳、シグナル伝達など生物学の中心的な現象のほか、オートファジーや自然免疫、炭酸固定、細胞内の局在などあらゆる生命現象が相分離と関連づけて説明できるようになってきた。

      相分離の例
      相分離の例:ポリエチレングリコールとフィコールのようなありふれた2種類のポリマーを振り混ぜれば白濁し、しばらくこの状態が保たれる。これが液-液相分離である。タンパク質やRNAによるこのような状態が細胞内にはたくさんあり、分子機能の時空間的な区画化と制御を行なっている。

      異分野が融合する環境で世界観が広がる

      相分離生物学の見方が形作られていったのは、自身の所属である筑波大学の応用理工学類が関係すると白木氏は話す。

      この学類では理工学にかかわる広範な専門家が所属しており、カリキュラムも幅広い。大学3年生の標準時間割には、例えば応用物理学である『プラズマ工学』『計測制御工学』などもあれば、相転移や化学平衡を学ぶ『化学III 』も、代謝やシグナル伝達を学ぶ『生命科学』も、変分法や関数空間を学ぶ『応用数学』もある。

      このような幅広いカリキュラムは世界的にも例がないだろう。このような広い視点を持つ研究室の学生たちと議論することで、相分離生物学の考えが誕生してきたのだという。

      相分離生物学は見方の転換だけでなく、バイオテクノロジーに応用できる。白木氏も20年ほどタンパク質溶液のテクノロジーの研究をしており、バイオ医薬品の溶液状態での製剤技術、相分離タグによるタンパク質の精製法、年齢髪にやさしいパーマ液の開発などを進めてきている。

      タンパク質の凝集の仕組みを理解していれば、卵白を90℃で30分加熱しても固まらない溶液条件を作ることもできるのだという。これらは全て、タンパク質の集合状態の応用研究である。 

      白木氏が繰り返し強調していたように、生きた状態は生化学や分子生物学による「分子」だけでは理解できないことが多い。ここに欠けていた視点が時間的な制御や空間的な局在化であり、それこそが生きた状態なのである。相分離生物学によって生命についての理解が本質的に進歩するだろう。

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